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2012年03月31日

金色のガッシュ!!」雷句誠が小学館を提訴

人気漫画「金色(こんじき)のガッシュ!!」の作者、雷句(らいく)誠氏は2008年6月6日、原画を紛失されたとして、小学館に330万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。公開された雷句氏側の主張・立証内容には裁判を進める上で有益な点が見られる。

「金色のガッシュ!!」は小学館発行の漫画雑誌「週刊少年サンデー」に連載された漫画である。連載終了後に雷句氏が原画の返却を求めたところ、カラー原稿5点の紛失が判明した。紛失原画に対する賠償金額の交渉が折り合わず、提訴に至った。雷句氏は提訴日に自己のブログ「雷句誠の今日このごろ。」において訴状と陳述書(甲第13号証)を公表した(参照「雷句誠の今日このごろ。」)。

http://88552772.at.webry.info/200806/article_2.html

訴状では原画紛失に対する損害の賠償を裁判の争点として明確化した。一方で雷句氏自らが執筆した陳述書には提訴に至るまでの理由がまとめられている。この中には原画紛失とは直接結びつかない出来事も書かれている。訴状では法的主張に絞り、陳述書では紛争の背景を広汎に説明する二本立ての構えである。

記者は購入したマンションの売買契約を取り消し、売買代金返還を求めて東急不動産を提訴し、東京地裁で勝訴判決を得た(参照「東急不動産の遅過ぎたお詫び」)。

この裁判で記者が採った戦術も二本立ての構えであった。即ち、訴状や準備書面では法的主張(消費者契約法第4条第2項に基づき売買契約が有効に取り消されたこと)に特化し、陳述書では東急不動産や販売代理の東急リバブルの不誠実さをアピールした。奇しくも雷句氏と類似したことになるが、この方法は裁判において有益であると考える。



提訴の動機は尊厳の回復

雷句氏自らが執筆した陳述書は提訴に踏み切るまでの理由を綴ったものである。編集部員の非協力的で喧嘩腰の態度や社会人としてのマナーの無さに始まり、様々な出来事が述べられている。一貫しているのは「小学館と、その編集者が漫画家を見下している」という雷句氏の憤りである。これが提訴の根本的な動機であることが理解できる。

裁判の一義的な目的は法的紛争の解決である。しかし、一般に人は権利侵害があったというだけで訴えを起こそうとはしない。記者が東急不動産を提訴した動機も、一生に一度あるかないかの大きな買い物で、売ったら売りっぱなしで客を客とも思わない態度をとる東急不動産及び販売代理の東急リバブルへの怒りが大きな割合を占めていた。だから雷句氏の憤りは痛いほど理解できる。

記者の裁判は問題物件を売り逃げした東急リバブル・東急不動産に対する消費者としての尊厳を回復するためのものであった。同様に雷句氏の訴訟も漫画家としての尊厳を回復するためのものと言える。これは記者の推測になるが、一般の人が裁判を起こす場合はむしろ、このような背景がある場合の方が多いように感じられる。

提訴に至った憤りについて陳述書という形にすることは非常に重要である。前述の通り、裁判の一義的な目的は法的紛争の解決である。従って裁判による解決は権利義務の明確化という形にしかならない。このため、憤りを抱く当事者にとって容認し難いことであり、支持するつもりは毛頭ないが、裁判が権利義務の交渉・取引の場になってしまう場合があることは否めない。

もし法的紛争の解決という直接的な課題にしか目を向けず、提訴の原点にある憤りを忘れてしまったならば、裁判は裁判官と原告・被告の代理人弁護士の談合の場に堕す危険がある。このような解決では裁判手続きから疎外された当事者には不満が残る。従って、たとえ「争点と直接関係ない出来事を幾ら並べても、有利にならない」と言われたとしても、陳述書を証拠として提出することは意義がある。

記者も裁判では陳述書において「不誠実な対応を繰り返す東急不動産の物件には住んでいられない」と強く主張した。それがあったからこそ、控訴審・東京高裁における和解協議の場では売買契約の白紙撤回、裁判官の言葉では「返品」が前提となった。それ以外の解決策は検討すらされなかった。

また、東京高裁における訴訟上の和解で成立した和解条項には、和解調書の非公開義務や批判の禁止など原告(記者)の請求と無関係な内容が入る余地がなかった。これも感情的な問題が未解決であることを裁判官が認めた上で、訴訟上の和解の目的を純粋な法的紛争の解決のみに絞ったからである。



法的論拠の重要性

これまでは提訴の背景となった思いを明らかにすることの重要性を述べた。以下では法的論拠の重要性を述べたい。繰り返しになるが、裁判の一義的な目的は法的紛争の解決である。

いくら不誠実な対応を重ねられたとしても、それが具体的な権利侵害に結びつかなければ勝訴は困難なのが現状である。このこと自体が良いか悪いかという議論は別として、裁判の現実として押えておく必要がある。不公正な扱いを受け、人間としての尊厳の回復するために提訴する人は多いが、棄却や却下(門前払い)に終わる例が少なくないのも、このためである。

「これだけ酷い扱いを受けたのだから裁判官も同情してくれるよ」という類の甘い期待は危険である。裁判という形式で解決を求める以上、法的主張は法的主張として、しっかり行う必要がある。

雷句氏の裁判では、この点についても考えられている。恐らく雷句氏にとって「小学館は漫画家を尊重せよ」「小学館は反省せよ」というのが一番の要求になると思われる。しかし、それでは裁判上の請求にならない。

訴状では原画紛失に対する損害の賠償と争点を明確化している。記者の裁判においても東急リバブル・東急不動産の不誠実な対応は原告陳述書において様々な観点から糾弾したが、原告の請求としては消費者契約法第4条第2項の不利益事実不告知に基づく契約取消しの結果としてのマンション売買代金の返還請求一本に絞った。
http://hayariki.net/poli/inherit.htm
特に雷句氏の訴状で注目すべき点は原画の価額算定は前例がないため、わざわざ類似のカラー原稿をネットオークションに出品して落札価格を調べた点である。雷句氏側が裁判官を納得させるためのロジック提示の努力を怠っていないことを意味する。

記者も東急不動産と裁判をする前に、仲介業者に物件の売却価格の査定を依頼した。隣地が建て替えられ、日照・眺望が妨げられたことによる資産価値の減少額を把握するためである。この種の活動も勝訴には必要である。

裁判においては提訴の背景になった憤りを明らかにすること、法的請求の根拠を示すことは車の両輪であり、何れも大切なものである。前者を明らかにしなければ提訴の原点を無視した結末になってしまう危険がある。一方、後者がなければ勝訴は難しい。

この意味で、陳述書では紛争の背景を明らかにし、訴状では法的争点を明確化する二本立ての構えは非常にバランスが取れたものである。記者にとって東急不動産との裁判は、問題物件の騙し売りで人生を狂わせる消費者が出ないことを願ってのものでもあった。同様に雷句氏も後進の漫画家の立場を向上させることを使命と陳述書で明らかにしている。裁判にかける雷句氏の強い熱意が感じられる。

  

Posted by 林田力 at 21:16Comments(0)

2012年03月31日

サイレント・テロ

サイレント・テロについては御認識に齟齬はありません。確かにテロという言葉は穏やかではありません。私も定着した言葉故に使用したまでで、好きな表現ではありません。テロと位置づけることで、社会に何事かをなさなければならないという類の英雄願望に囚われているように感じます。消極的抵抗が実態に即しています。殊更、高級品を消費したいという欲望もなく、我慢しているという感覚もありません。それ故に自然な反応との御指摘に納得します。
資格については過大評価はしていません。遅刻をしない、割り当てられた仕事を期限までに果たすというような性質の方が、はるかに価値があると思います。
http://hayariki.net/
  

Posted by 林田力 at 20:19Comments(0)

2012年03月31日

二子玉川ライズに治安面の不安

再開発組合に義務があるならば、しっかり言いなさい。
風対策の費用負担は全て再開発組合が行っている。世田谷区は支出していない。
二子玉川ライズではビル風のために風が回っているから、通常よりも危険である。風速8メートルになる前から歩行者に注意喚起しなさい。いきなり空襲警報を出しても対応できない。警戒警報が必要。しっかり区長の考えを聞きたい。
指示記録計設置の要望は、私(板垣)の方からも再開発組合に申し入れる。
再開発組合に任せるという世田谷区の常識は我々の非常識。努力しているという人間は努力していない。住民は自らの義務を果たしている。肩透かしやごまかしはしないで欲しい。横綱相撲を期待する。所管は自分達のミスに気付いていない。失敗に学ぶ勇気がない。「一人は万人のために万人は一人のために」の精神で行動を望む。風速計の貸し出しがなければ住民が困る。誠実さが欠けている。やるべきことをやってみせて下さい。計画は日にちを定めてほしい。想定外は最早許されない。まだまだ安心安全について意識が浅い。地域住民は納得できない。
一つでも皆さんが安心できるように頑張っていく。歩みとしては遅いけれども、努力していることは・・・
努力は認めない。
半歩でも踏み出したい。
再開発組合の回答次第で前に進めないというのは困る。六本木ヒルズの回転ドアでは子どもの死亡事故が起きた。森ビルでは負の遺産として社員に見せている。
交通広場で夜間にスケボーやローラースケートをする連中がいて近所迷惑になっている。非常識な連中をどうするか。
※何ら事実の裏付けのない原始的な先入観では狭い道路の木造密集地域よりも再開発された地域の方が治安が良さそうなイメージを勝手に抱く。しかし、それが幻想にすぎず、住民は治安面の不安も抱いていることを示している。
立ち入り禁止の掲示をする。すでに注文しているが、予算の関係で支払いは来年度になる。設置時期は分からない。
注文する時に納期を定めないのか。
電話で担当者に確認したところ、警察署と文案を調整中で、まだ発注していない事実が判明した。お役所仕事の杜撰さを目の当たりにすることになった。
指示記録計を設置し、テロップで歩行者に注意喚起すべき。ハンディタイプの風速計では目的を達成できない。強風時には随時区役所の人が測定に来るのか。先週は養成したが、拒否された。住民は二十四時間生活している。風速はビルの影響を受けていない場所でも測定する必要がある。二子玉川ライズ・オフィスの屋上でも測定してほしい。多摩川からの風が二子玉川ライズ・オフィスに真っ直ぐにぶつかる。ちょうど川が曲がっている場所である。
世田谷区は根本的な対策を何もしていない。何をしても横断歩道を渡る人には風は防げない。排ガスや騒音防止のために道路をシェルターで覆った例がある。世田谷区には根本的な対策を求める。専門家を入れて下さい。
謝罪文は受け取れないので直して下さい。
夜中のビル風の音は酷い。一晩中、ヒューという音がする。工事の騒音も酷かった。
二子玉川ライズ・オフィスの16階は修正すべきであった。角をとれば、風は少しはましになった。あの高さのビルができたためにガレリアは真っ暗である。
省エネと聞いている。
本来ならば自然光で十分な場所で、電気で照明しようという考えがエコに反する。設計から間違っている。世田谷区の水と緑のコンセプトから外れる。二子玉川ライズのイベントは暗いところで行っている。植木の一つも置いておらず、変である。世田谷区の方針に反している。
陽当たりがよい場所は二子玉川ライズ・オフィスの窓際だけだが、事務所では直射日光は望ましくなく、シャッターを降ろしている。賑わいになっていない。
買い物客は多いと聞いている。
平日の午前中は閑散としている。二子玉川ライズには買いたいものがない。高島屋とくらべて格の低さを感じる。
区長は二子玉川ライズの公益性を精査すると言っている。公共性や公益性と言えば教育、福祉、医療、防災対策などのインフラを連想する。
二子玉川ライズは教育とは無関係である。カルチャースクールのような商業ベースのものを公共的な教育とは呼べない。川崎市には子ども文化センターなどの施設がある。二子玉川ライズの商業施設にも子ども達が楽しめるものはない。二子玉川ライズの客層は限られている。かつての犬たま猫たまやナムコ・ワンダーエッグのような魅力はない。
  

Posted by 林田力 at 19:52Comments(0)

2012年03月31日

謎解きはディナーの後でスペシャ

謎解きはディナーの後でスペシャル。美大を主席で卒業した大画家が焼死した。主人公は遺体の指輪に気付く。画家は卒業時に贈られた記念の指輪をいつもしていたとする。この指輪が謎解きの鍵になる。
巨匠と祭り上げられた画家の孤独と学生時代に描いていた自由な画風が対比される。安易な理由で大学を中退する落伍者には存在しない大学生活の豊かさが垣間見れる。
定番のやり取りが魅力のドラマであるが、定番の繰り返しに甘んじず、スペシャルでも定番のやり取りを派生させている。ディナーで麗子と影山の回想が並行して進む展開は同じであるが、スペシャルでは影山は香港に出かけ、スケールアップしている。
風祭警部は、いつも以上に暴走し、迷推理を披露する。勘の推理を強弁する点はストロベリーナイトと対比すると面白い。
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Posted by 林田力 at 18:58Comments(0)

2012年03月31日

魔法の代償上巻

魔法の代償は架空の王国ヴァルデマールを舞台とした物語である。ヴァルデマール年代記の一冊である。ヴァルデマールは中世ヨーロッパのような社会であるが、特別な素質を持った人々が魔法や超自然的な能力を使える世界である。
詩人ステフェンは類い希なる能力のために治療者達の研究材料になるが、治療者達に自分の能力を示し続けて精力を消耗してしまう。優れた能力者でも有限という点でリアリティがある。友人のアドバイスを受けて治療者の依頼を頭ごなしに断るステファンの演技が魅力的である。155頁。頑張ることを美徳とする特殊日本的精神論とは対照的である。日本で過労死という翻訳不可能な現象が起こる訳である。
この世界では資格を持った魔法使いを魔法使者、それ以外の能力者を使者と呼ぶ。魔法使者と使者は能力の種類の相違による区別であり、ある分野では魔法使者よりも使者が優れているものであるが、魔法使者の方が格上に思われている。職業を貴賤と結び付ける発想である。主人公ヴァニエルは、この固定観念を改めようとする。
ヴァニエルには「共に歩むもの」イファンデスと呼ばれる馬の姿をした超自然的存在がいる。外見は馬なので知らない人が見たら、知性を持っているとは思わない。知っているステフェンでも見かけ通りの存在でないことを自分に言い聞かせなければならなかった。ところが、ヴァニエルの母のトリーサは貴婦人の客人に対するように自然にイファンデスに話しかけた。これを見てステファンは愕然とする。302頁。ここからは差別について考えさせられる。差別はしてはいけないと思うあまり、不自然になることもある。ステフェンの境地にはなるように心がけているが、トリーサの境地は容易ではない。林田力
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Posted by 林田力 at 14:04Comments(0)

2012年03月31日

東急不動産回答文書の内容

悪徳不動産営業は幽霊のようであった。色の失せた髪の色、骨ばった顔、死人のような顔色。東急不動産の陰気なマンション建設工事現場で、この男に出くわしていたならば幽霊と思ったかもしれない。悪徳不動産営業は、自己中心的で金銭に飢えたろくでなしで、ひとかけらの同情心も持ち合わせておらず、自己の肥大化以外に全く興味のない人間に思えた。東急不動産工作員の頭は完全に常軌を逸していた。日本語が壊れている理由は理性がないためである。
東急不動産回答文書は消費者感情を逆なでするものであった。林田力は開封前に東急不動産回答文書を手に乗せて重みを量り、それがよい知らせなのか悪い知らせなのか知りたいと願った。しかし、そのようなことが分かるわけもなく、開封を遅らせても何の益もなかった。読み終わった林田力は寒さに身震いした。肉体的な寒さではなく、消耗による寒さであった。林田力は世界をこれまで以上によいものにしようとする人々と連帯し、与える代わりに奪おうとする悪徳不動産業者を止めようとした。
ゼロゼロ物件には安物買いの銭失いという警句がついて回る。物事は大抵、警句の通りになる。何故ならば警句には真実が含まれているためである。
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Posted by 林田力 at 12:42Comments(0)

2012年03月30日

二子玉川ライズの風害2

貸し出しはしないが、住民と同席の上で測定したい。
測定してくださいと言って出てこなかったでしょう。
二子玉川ライズの高層ビルにより、風環境はどのように変わったのか。風が強くなったのか。風が強い場所で計測しただけでは不十分である。
風速計を買って測定したつもりにならないで下さい。個人でも、やっている。行政でできない訳がない。再開発組合任せにするのか。あなた達が受けて立つことが当然である。
再開発組合が指導に応じないという言い訳で、仕事ができないことを区民に晒さなくてもいい。計画は、いつまでに実施するということを明らかにする。去年の三月から要請していたが、一年経ってもやらない。植栽にどれほどの効果があるのか教えて下さい。長い年月を経て樹木が成長すれば防風林になるケースもあるが、二子玉川ライズの場合は何年経ってもダメである。樹木とビルの位置関係では枝が伸びるとビルにぶつかり、伐採されてしまう。
より良くしたいと考えている。
悪いものを良くすることは、より良くとはならない。
風が強いところもあれば弱いところもある。
客観的な過失があるから、事故が起きた。
道路の管理責任とは段差などを指す。
横断歩道を渡っている人の安全を確保してほしい。それができなければ、責任を果たしてほしい。裁判がどうのこうのは逃げ口上である。
再開発前は風は今ほど強くなかった。玉堤通りも今より狭かったために横断歩道を渡る危険も小さかった。二子玉川ライズによって危険は拡大している。
因果関係を知りたい。事故が起きた時間の風のデータを出せないという。隠蔽である。
ビル風で転倒事故が起きたことを問題視している。段差がないから管理責任を負わないという話は理由にならない。安心安全の街づくりは事業者任せか。
行政と事業者には各々の役割がある。
その主張には二子玉川ライズを世田谷区が推進してきた事実が抜けている。責任の一端は世田谷区にある。組合に指導しています、だけでは済まない。その指導も甘っちょろい。
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Posted by 林田力 at 21:39Comments(0)

2012年03月28日

青山テルマの大学卒業を祝う

女子大生歌姫として知られる青山テルマが大学を卒業したと発表した。五年半かけての卒業となったが、安易に中退する学生も多い中で立派である。素直に卒業を祝したい。卒業おめでとう。
大学は入ることも容易ではないが、卒業も決して楽ではない。日本には入学時ばかりもてはやされる愚かしい傾向があるが、卒業することの方が大きな価値がある。
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Posted by 林田力 at 21:36Comments(0)

2012年03月26日

賃借人の戦い

有楽町ガード下が何故勢いがあるかと質問されました。有楽町ガード下の強みは、借地借家人組合が存在することと思います。悪徳不動産業者が賃借人個別に交渉や裁判に持ち込もうとするように、賃借人の団結を恐れています。賃貸の問題などに取り組む団体・住まいの貧困に取り組むネットワークではゼロゼロ物件という悪質な不動産業者の宅建業法違反を東京都 に告発し、東京都は業務停止処分としました。
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Posted by 林田力 at 23:22Comments(0)

2012年03月25日

二子玉川ライズの風害問題

二子玉川ライズではビル風による歩行者の危険だけでなく、夜間のビル風による騒音や交通広場でスケボーやローラースケートが行われる騒音などの被害も出ている。
風害による事故が分かっている範囲で三件も起きている。風速などデータを出す、いつでも出すという話であった。それが12月になって出せなくなった。
データの開示を求めたところ、再開発組合は「訴訟の関係で差し控えたい」と拒絶した。急にデータを出せなくなったことに行政は責任を感じていないのか。
区長は安心安全の街づくりを約束している。それが東急に丸投げだったとは。
今日は再開発組合の話を聞きにきたのではない。世田谷区としてデータを把握して対応すべき。ペテンである。
以前提示された情報はポイントが絞られたもの。全部見なければ分からない。
地域の方に丁寧に対応する。
一年以上経ても機器を買わない。これはどういうことか。
世田谷区と住民の議論はかみ合ったとは言えない。再開発組合の建設した高層ビルが住民被害の元凶である点は双方の前提である。しかし、住民側は二子玉川ライズによって安心して生活できなくなった現状を区民の安全のために世田谷区が責任を持って対処することを求める。たとえばビル風によって玉堤通りの横断歩道の通過が困難になっている。区道管理者の世田谷区がビル風を起こした訳ではない。世田谷区にとっても二子玉川ライズのビル風は迷惑な話である。しかし、道路管理者として世田谷区は安全な道路を提供する義務がある。区の道路上でビル風が安全な通行を阻害しているならば対応する義務がある。その疑いがあるならば事故を防ぐために調査する義務がある。
原因が二子玉川ライズ側にあるとして再開発組合側に対策させることは一案である。しかし、再開発組合に指導したが、断られたので何もできませんという言い訳を住民側に押しつけることは許されない。
ところが、世田谷区側は再開発組合への指導に終始し、データの開示拒否など指導に応じない場合も、そのままにした。林田力
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Posted by 林田力 at 18:13Comments(0)

2012年03月25日

ハングリー最終回

麻生コーポレーションの甘い言葉に乗っかってハラペコキッチンを廃業した主人公達であったが、現実は甘くなかった。先輩からのパワハラのストレスで酒浸りになった。同性の先輩からセクハラを受ける。麻生も一ヶ月ももたないと予想しており、仲間の切り捨ては織り込み済みであり、醜い資本の論理が明らかになる。
焼け野原から経済大国にしてしまうような前に進むことしかできない愚かな日本社会では心機一転という言葉に前向きなイメージが強いが、それは社会の不合理に甘んじるだけの奴隷根性である。英介達も麻生の言葉に乗っかっただけである。会社を解散し、離婚し、レストランを立ち退かせて賃貸マンションを建てようとするデザイナーも典型である。
レストランがなくなって寂しい、父さんの給料日の楽しみであった、という地元の子ども達の声がある。
「俺らを待ってくれてる客がいる限り、ここでレストランをやりたい。」「日本で、あの倉庫で、あの店を続けたい。世界に味をとどけるよりも、そばにいる腹がへってる奴らにうまいものを出す。立派な三十になるより、俺はそれがあっている。」あんな店をつぶしてやるといわれると、ハングリー精神をかき立てられる。
店を出た途端にネクタイを緩める英介。
英介さんの料理はここだから美味しい。かしこまったら味が出ない。
麻生。馬鹿だな。芸術は徹底的に完成されているから価値がある。
http://hayariki.net/
  

Posted by 林田力 at 12:59Comments(0)

2012年03月24日

エアギア

エアギアには空を飛ぶ靴で疾走するという、空を飛ぶことへの憧れと、暴走族的な幼稚な衝動を具現化した要素がある。ヤンキー文化は日本の大衆文化の一要素になっているが、クールジャパンを損なう恥ずかしい要素である。エアギアの最新刊では、その種の恥ずかしい粗暴さに対抗する価値を提示した。
最新刊の前半は眠りの森と空との戦いである。悪役は空である。ひたすら高く飛ぶことを目指す空に対して、眠りの森は森という地に足ついた存在として対抗する。
後半は主人公イッキと空の戦いである。これは軌道エレベーターの最上階から地上へ速く降りる競争である。空高く上ることではなく、地上に到達することに価値があることを暗示している。
昔から「馬鹿と煙は高いところに昇る」と言われるが、残念なことに世の中にはバカが多く、エンタメ作品は馬鹿を相手に成り立っている面がある。そのために空を飛ぶことを魅力的に描く作品も少なくない。しかし、馬鹿の価値観に迎合するだけでは芸がない。空を飛ぶことに価値があるように見せながら、実は上空よりも大地に価値を見出す作品には宮崎駿の天空の城ラピュタがある。ヒーローのパズー天空に浮かぶ島ラピュタに憧れる少年である。彼は空への憧れというナイーブな人々を代表する。しかし、ヒロインのシータは「どんなに優れた科学を持っていても、人は土から離れては生きていけない」と叫び、パズーもシータの決断に同調する。
林田力は東急不動産だまし売り裁判で不動産業者と戦い、景観や住環境を破壊する超高層マンション建設反対運動に共感する。そのような立場にとってエアギアやラピュタに見られる作品に隠された上空よりも大地に価値を見出す思想には大いに勇気付けられる。
http://hayariki.net/
  

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2012年03月24日

エグザムライ戦国G 第一巻

エグザムライ戦国Gはタイトルを一新しているが、エグザムライ戦国の続編である。エグザムライは14人となり、EXILEのメンバー増加に対応する。エグザムライには短銃や大砲で武装した異国の兵士もおり、より何でもありの要素が強まった。林田力
http://hayariki.net/
  

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2012年03月23日

ジャーナリスト講座DVD 林田力

東急不動産だまし売り裁判著者の林田力も出演した「ジャーナリスト講座・すべてを疑え」のDVDが発売中です。真相ジャパンと目覚めるラジオ主催のものです。防衛省・自衛隊・警察・天皇制・自治体・司法・弁護士・労働組合など、あらゆるタブーに切り込みました。
http://hayariki.net/
  

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2012年03月23日

東急不動産だまし売りの爪痕

読者が東急不動産だまし売り裁判の中の一つの文章にでも、頷いてもらえる部分があれば、それだけで大成功である。東急リバブル東急不動産がマンションだまし売り被害者・林田力に与えた心の傷跡は深い。東急不動産らは二子玉川ライズ反対運動など住民無視の開発に伴う問題が続出している根元に思いを馳せる必要がある。東急不動産だまし売り被害者・林田力の生涯には何百という結末が考えられたが、マンション売買契約を取り消す以外に幸せと言えそうなものは皆無であった。
http://hayariki.net/
  

Posted by 林田力 at 19:57Comments(0)

2012年03月22日

エンジェルハート第3巻

エンジェルハート・セカンドシーズンの第3巻である。ハードボイルドなアクションは乏しく、人情色が濃厚である。前半は香に化けたカメレオンの話の続きである。コメディ回と思いきや人情味ある話にまとめた。新宿の住民の香の命日のしのび方がユニークである。日本には嫌な過去を忘れて前を見て生きることを是とする非歴史的な傾向が根強い。その種の前向き圧力が苦しむ人々をますます苦しめ、日本を生きづらい社会にする大きな要因である。これに対して、新宿の住民達は香を決して忘れることなく、楽しく生きている。過去を振り返らないことが、前向きで未来志向という特殊日本的精神論へのアンチテーゼになっている。
この巻で明らかになった香の好きな場所も趣がある。高層ビル街の新宿らしからぬ木々で覆われた小路である。これも二子玉川ライズのような高層ビル主体のバブル経済的再開発へのアンチテーゼになる。
東急不動産だまし売り裁判で不動産会社と戦い、マンション建設反対運動に共感する身には嬉しくなる。エンジェルハートは過去に地上げ屋との戦いも描いており、同じく地上げ屋に苦しめられてきた東急不動産だまし売り被害者と波長が合っている。
前半では香と接点のあった人々の暖かさを描いたが、後半は街の闇を描く。ほのぼのしたコメディ調から人情話になり、急転直下して悲劇になる。話運びは見事である。林田力
http://hayariki.net/
  

Posted by 林田力 at 00:20Comments(0)

2012年03月20日

二子玉川ライズ住民訴訟が終結

先にアナウンスした二子玉川ライズ住民訴訟の口頭弁論のレポートを「はやりきドットネット」に掲載しました。住民訴訟は終結しましたが、二子玉川ライズ反対の住民運動を広げる出発点になるものです。
世田谷区長側の陳述には見るべきものがあります。除染に対する公開質問状への福島県内自治体首長の定型的な回答と比べて、一歩踏み出しています。この違いは小さなものですが、これまでの行政の姿勢を踏まえると革新的です。「さすが、保坂展人区長」と政治家としてのセンスを評価します。
末尾の方で先に批判した内ゲバ体質に関して重なる内容を書いています。結構世間は狭いですね。名前が出ている方々と同席したことがあります。
事前にお話することはできませんでしたが、傍聴にお誘いした理由の一つには、訴えの取り下げが話題になった点があります。御承知の通り、取り下げには相手方の同意が必要です。それ故に取り下げをするためにも相手方への根回しが必要です。年末に唐突に訴えの取り下げを申し出た企業の不誠実さが改めて浮き彫りになります。
http://hayariki.net/
  

Posted by 林田力 at 22:00Comments(0)

2012年03月20日

憤怒の王国

憤怒の王国は韓国の小説である。ドラマ化され、天皇明仁の即位式で明仁を狙撃するシーンが話題になった。日本政府が放送自粛を要求するなど外交問題になったが、作品は日本の植民地支配に端を発する韓国社会の貧困や苦しみを丁寧に描いている。帝国主義支配の象徴である天皇に怒りが向かうことが納得できる。日本政府にとって自国の象徴が狙撃されるシーンは面白くないが、過去の植民地支配を踏まえれば日本政府の自粛要求は一方的であり、自国の立場にのみ固執したものである。
憤怒の王国はセンセーショナルな作品ではなく、むしろ序盤や中盤はストーリーの方向性が見えずにもどかしいくらいである。そして、辛辣な批判は自民族に対しても向けられている。この点で歴史を歪曲してまでも日本を美化しようとする日本のネット右翼の幼稚さとは対照的である。深い含蓄のある作品をセンセーショナルに反日作品と脊髄反射する傾向は「ムクゲノハナガサキマシタ」に対する反応とも共通する。日本社会の未成熟さを示すものである。林田力
http://hayariki.net/
  

Posted by 林田力 at 13:30Comments(0)

2012年03月19日

美味しんぼで東日本大震災特集

「美味しんぼ」最新刊は東日本大震災の被災地を回る「めげない人々」である。生産者との結び付きを大切にする「美味しんぼ」らしい企画であるが、「めげない人々」というサブタイトルは頑張ることを強制する特殊日本的な精神論と重なる。あれだけの大きな災害の後である。めげることが自然である。「頑張れ」ではなく、「休んでください」が優しさである。
尖った社会批判が魅力の「美味しんぼ」だけに、社会の空気と合致したガンバリズム礼賛は物足りない。被災地の現状は個人の頑張りで解決する問題ではない。除染や漁業特区など復興を名目にした利権も動いており、各自が頑張ろうでは済まない問題である。
「美味しんぼ」の批判精神の浅さはパソコンの議論でも見られた。過去に「美味しんぼ」ではウィンドウズを扱き下ろし、Macintoshを持ち上げた。確かにウィンドウズの寡占への反感はある。しかし、オープンの世界でデファクトスタンダードを打ち立てたマイクロソフトよりも、ハードからソフトまで自社で囲い込むアップルの方が消費者に開かれていると考えることは幻想である。現実にアップルは下請け工場での労働者搾取が告発され、企業体質が批判されている。「美味しんぼ」が持ち上げたくなるような企業とは実像が乖離している。この巻では福島第一原発事故の放射能汚染に強く触れないなど遠慮が感じられるが、「美味しんぼ」には骨太の社会批判を期待したい。林田力
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2012年03月18日

失われたミカドの秘紋

「失われたミカドの秘紋」は陰謀論的な歴史観に立って歴史の新説を提示する小説である。歴史に対する見解や主張は登場人物のセリフとして語られており、著者の思想そのものとはワンクッション置いている。
本書中の思想には容認できないものもある。中国をチャイナと呼んでいる。中華思想に否定的な立場からのものであるが、相手国を無視した呼び方である。これでは現代日本が倭と呼ばれても文句を言えない。
また、偽満州国民であった満州族の人物を登場させ、偽満州国を肯定的に評価させている。その種の考えは偽満州国の特権階級が抱くことはあり得るが、満州族に一般化することは歴史の歪曲・美化になる。さらには漢族がアフリカ発祥の現人類とは異なる北京原人の子孫という悪質なレイシズム思想もある。
救いは日本民族に対しても同じように相対化していることである。中国を貶めて自民族の優位性を主張するネット右翼とは相違する。
そして、問題を差し引いても本書は魅力的な思想を提示する。天皇崇拝者が登場するが、天皇の自由を奪い、自らは天皇の権威に隠れて特権をむさぼる宮内庁を強く批判する。これは日本の官僚機構の国民無視の特権意識に通じる。官僚が国民の声を無視して自らに都合のよいことを行える背景には天皇につながっているという意識がある。それを明快に説明する。
さらに中華人民共和国が天皇制で利益を得ているという嫌中右翼が目を白黒させそうな話も登場する。中国は南京大虐殺や靖国神社参拝では日本を非難するが、天皇制という根本問題では沈黙する。それは中国政府にとって天皇制が利益があるからという。現実に天安門事件での西側世界の非難がうやむやになった契機が天皇訪中であった。天皇制の下で天皇の権威に隠れて官僚が甘い汁を吸っている限り、日本は中国の脅威ではない。逆に日本が共和制になり、国益を考える政治家が登場する方が脅威とする。右翼には国益重視の立場が多いが、国益を害しているものは何か見直す必要がある。林田力
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