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2012年07月31日

ナルト61巻v林田力Wiki 記者レビュー

『ナルト61巻』では兄弟タッグというファンにとって夢の展開が見られる。過去の兄弟対決は『ナルト』の大きな山場であった。その後は最終決戦に向けて展開していったが、ここで兄弟の愛憎を再び描かれた。作者が過去の物語を大切にし、読者の心理を理解している表れである。林田力
http://hayariki.net/
7月29日、豚骨ラーメン、カレーライスを食べる。オニオンスープ、松茸の吸い物を飲む。『平清盛』「平家納経」『機動戦士ガンダムAGE』を観る。
7月30日、緑茶、コーヒー、ポカリスエットを飲む。フランクフルトを食べる。「後楽そば」で焼きそばを食べる。
7月31日、フライドチキンを食べる。
  

Posted by 林田力 at 17:50Comments(0)

2012年07月30日

二子玉川ライズ風害が東京新聞で報道

二子玉川ライズのビル風問題が東京新聞で報道された。二子玉川ライズは東京都世田谷区玉川の再開発であるが、住環境を破壊するなどとして広範な住民反対運動が起きている(林田力『二子玉川ライズ反対運動』)。
再開発ビルの竣工によって強いビル風が発生し、近隣住民の大きな問題になっている。ビル風によって転倒し、骨折して腕が上がらなくなってしまった老婦人がいる。ビル風に効果的な対策を採らない東急電鉄や東急不動産、再開発組合、世田谷区への住民の批判は強い。
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Posted by 林田力 at 22:53Comments(0)

2012年07月29日

厳島神社

夏休み期間であったが、東海道新幹線は業務目的の客ばかりであった。新大阪駅を過ぎると業務目的の乗客が減り、旅行目的の乗客が増えて車内の雰囲気が華やいだものになる。
洲本には淡路ごちそう館御食国がある。大正風の赤煉瓦の建物である。淡路牛丼は淡路和牛のバラ肉と淡路玉ねぎを煮込み、その上に極上「焼きしゃぶ」を敷き詰めた牛丼である。サラダバーでサラダは好きなものを選べる。淡路島名産の玉ねぎもある。物品販売所もある。オニオンスープや玉ねぎのポテトチップスが販売されている。
洲本には岩田康郎の像がある。
大浜海水浴場は、南北に海岸線が延びている。砂浜に沿って松の木が植えられている。南側には山が迫り、山頂には洲本城が建っている。北側は少し泳いだだけで背が立たなくなる。泳ぎがいのある海である。南側は比較的遠浅である。クラゲが大量に発生していた。子ども達は手でクラゲを掴んで砂浜に放り投げる遊びをしていた。クラゲも相対的に南側の方が少ない。
洲本港には船が停泊していた。
厳島神社は路地のような参道に商店が並ぶ。風情のある町並みである。厳島神社には狸の像もあった。洲本八狸の武佐衛門という。洲本八狸には芝居好きの狸などユニークな狸が多い。
郡の境界の標石がある。
親鸞の像がある。
東浦近辺の海岸である。
明石海峡大橋から瀬戸内海を望む。
  

Posted by 林田力 at 19:06Comments(0)

2012年07月29日

市民団体が北本いじめ東京地裁判決に抗議

市民団体・市民がもとめつくるマニフェストの会が北本いじめ自殺裁判の東京地裁民事第31部判決に抗議文を出す。マニフェストの会は福島第一原発事故などの問題で活発に活動している団体である。
北本いじめ自殺裁判は飛び降り自殺した中学一年生の両親が損害賠償を求めて提訴した訴訟である。同級生から「きもい」などの悪口を言われ、靴を隠され、「便器に顔をつけろ」と言われたなどの事実があった。しかし、東京地裁判決は「一方的継続的ではない」として、いじめを自殺の原因と認めなかった。
この判決に対しては市民感覚から外れていると大きな批判が起きている。マニフェストの会も批判する。法律論以前に日本語の使い方に疑問がある。被害者が悪口を言われる一方ならば、一方的ないじめである。いじめは小学生の頃から行われており、十分に継続的である。
マニフェストの会は「いじめは人権侵害」と指摘する。人権を擁護する司法の責務を放棄した東京地裁判決に抗議している。
  

Posted by 林田力 at 17:15Comments(0)

2012年07月28日

マルコ傳福音書

マルコ傳福音書 第14章
61.されどイエス默して何をも答へ給はず。大祭司ふたたび問ひて言ふ『なんぢは頌むべきものの子キリストなるか』
62.イエス言ひ給ふ『われは夫なり、汝ら、人の子の全能者の右に坐し、天の雲の中にありて來るを見ん』

ヨハネによる福音書 8
12. イエスは、また人々に語ってこう言われた、「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。

ルカによる福音書 4
40.日が暮れると、いろいろな病気になやむ者をかかえている人々が、皆それをイエスのところに連れてきたので、そのひとりびとりに手を置いて、おいやしになった。
41. 悪霊も「あなたこそ神の子です」と叫びながら多くの人々から出ていった。しかし、イエスは彼らを戒めて、物を言うことをお許しにならなかった。彼らがイエスはキリストだと知っていたからである。
http://hayariki.net/2/27.htm

ヨハネの黙示録 21
8. しかし、おくびょうな者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである。これが第二の死である。
  

Posted by 林田力 at 22:32Comments(0)

2012年07月28日

生田神社の景観を破壊する東急ハンズ

兵庫県神戸市の三ノ宮にある東急ハンズは生田神社の景観を破壊する。東急ハンズは生田神社の入口の手前にある銀色のビルである。生田神社の鳥居への眺望を破壊する。生田神社は神戸市の由緒ある古社である。神戸の地名の由来にもなっている。生田の森は市街地の貴重な自然である。東急ハンズは森への眺望も破壊する。
東急ハンズを運営する東急不動産は東京都世田谷区の二子玉川RIZEでも景観破壊を批判されている(林田力『二子玉川RIZE反対運動』)。地域性を無視する東急不動産の体質は全国各地に表れている。
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Posted by 林田力 at 19:24Comments(0)

2012年07月28日

代々木ゼロゼロ物件問題v林田力W iki記者改訂

東京都渋谷区代々木などでゼロゼロ物件の問題を調査した。代々木のゼロゼロ物件業者は内見をさせないなどと市民団体から批判された。重要事項説明義務違反や賃貸借契約書に記載なく退室立ち会い費なる趣旨の不明確な金銭を徴収したとして宅建業法違反で業務停止処分を受けた。
この代々木のゼロゼロ物件業者はマンションの13階の一室にある。かなり入りづらい部屋と指摘されているが、その通りであった。マンションは内廊下の形式で外が見えず、閉じ込められた感覚になる。竣工当初はホテルライクな内廊下として高級感を売りにしたと予想されるが、薄暗くて汚れが目立つ内廊下では幽霊屋敷である。
普通の不動産業者は一階に入居する。壁をガラス張りにしており、物件情報を多数掲載している。それによって、どのような物件を扱う業者かを確認した上で入店できる。ところが、代々木のゼロゼロ物件業者には、それがない。入店したくない不動産業者である。
このゼロゼロ物件業者の問題は名前を変えていることである。宅建業法違反で業務停止処分を受けた当時とは別の名前になっている。不動産業者の行政処分歴は不動産業者選びの重要な要素である。業者名を変えることは消費者を欺く商法である。
もう一つの問題は不動産ポータルサイトに物件広告を出していることである。不動産ポータルサイトは多数の不動産業者の物件を好みの条件で検索できるために便利である。一方で優良業者の物件も悪質業者の物件も同じように表示されてしまう点が難点である。マンションの中の入りづらい一室の不動産業者に好んで問い合わせする消費者は多くない。しかし、不動産ポータルサイトの検索結果で表示されたならば不動産業者の実像は見えず、問い合わせへのハードルが下がる。その結果、貧困ビジネスに巻き込まれる消費者も出てくる。
代々木を北上すると新宿区に入る。新宿の北は新大久保である。コリアンタウン化しており、魅力的な店が並ぶ。ここにも別のゼロゼロ物件業者によるゼロゼロ物件がある。このゼロゼロ物件業者も社会の批判を集め、名前を変えて営業する点が共通する。ゼロゼロ物件は姑息である。
ゼロゼロ物件はカラフルであった。代々木のゼロゼロ物件業者の物件は水漏れなどの欠陥が指摘され、「貸し物件ではなく、瑕疵物件」と揶揄される。それに比べると新大久保のゼロゼロ物件は洗練されている。
また、代々木のゼロゼロ物件業者は事務所は都心にありながら、扱う物件は多摩や埼玉、神奈川ばかりである。東京の土地勘のない上京者相手の商売とも批判されている。それに比べれは新大久保のゼロゼロ物件は利便性はある。
不動産仲介業者には以下が期待される。「どこにどんな土地と住宅があるか、だれが所有しているか。どんな住宅が求められているか、学校や商店や社会施設はどこにあるか、それぞれの地域の住環境はどうか、幼児がいる家庭やお年寄りにはどこが住みやすいか」『居住福祉』209ページ。これらは事務所と離れた場所の物件を扱う業者には期待できない。不動産業者は地域密着型を選ぼう。
一方で外観が洗練されているとの評価は物件単独で見た場合である。街並みとして見るならばケバケバしくて周囲の景観から浮いている。景観破壊のゼロゼロ物件である。賃借人を食い物にする貧困ビジネスを批判する住まいの貧困と闘う運動と街づくりを考えるマンション建設反対運動はゼロゼロ物件撲滅で共闘できる。林田力
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Posted by 林田力 at 08:22Comments(0)

2012年07月27日

なさざる人々の嫉妬v林田力Wiki 記者

「なさざる人々の嫉妬」という点は面白いです。デモが警官隊と衝突した方がニュース記事になります。だから主催者が解散を宣言して散会してしまったならば、自分達の活躍の場はなく、嫉妬するしかないとなります。あれだけの規模のデモが行われたことをストレートに評価するなど書き方はいくらでもあります。
デモ参加者は主催者のために集まった訳ではないという意見があります。しかし、これは現行のデモの制度を無視しています。主催者の立場では散会を求めることは当然になります。
デモ参加者が数で警官隊を圧倒していたのだから、大人しく解散する必要はなかったとの指摘もありますが、その考えでは警官隊が優勢な通常のデモでは警官隊が好きに弾圧しても文句を言えなくなります。デモを否定する危険な論理です。
海外では大規模デモが起きれば警官隊との衝突の一つや二つ起きてもおかしくないことは確かです。日本が異常であり、日本人の奴隷根性を批判することはできます。しかし、問題は扇動者に自分自身が逮捕されて投獄される覚悟があるかという点です。何度も逮捕されている活動家の批判ならば説得力があります。一方で自らをジャーナリストという傍観者と位置付ける人々の批判ならば、そもそも次元が異なります。
藤本ひとみのフランス革命の小説を連想します。民衆を「武器を取れ」と扇動し、バスチーユ襲撃の火付け役となったデムーランという革命家が登場します。しかし、彼自身はバスチーユには向かいません。「殺されるのは民衆の役目」と高みの見物を決め込みます(尚、これは小説で描かれたデムーランの話です。史実のデムーランはロベスピエール独裁に抵抗するリベラルな面があります)。デモ解散批判者の主張には、この種の嫌らしさを感じます。林田力
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Posted by 林田力 at 06:47Comments(0)

2012年07月26日

東急不動産だまし売り裁判と居住福祉v林田力

日本の住宅政策の問題点は、住宅の供給と確保を市場原理に委ねていることである。『居住福祉』103ページ。総理府社会保障制度審議会は1962年に「社会保障制度の総合調整に関する基本政策についての答申および社会保障制度の推進に関する勧告」で「住宅建設は公営住宅を中心とし、負担能力の乏しい所得階層のための低家賃住宅に重点をおくよう改めるべきである。」と指摘した。現実は逆であった。
「戦後、企業および公共団体は一貫して土地と住宅を利潤追求の手段にし、それゆえに政府も自治体も、居住の権利をタブー化せざるをえなかった。」171ページ。
だからマンションだまし売りの東急不動産だまし売り裁判や貧困ビジネスのゼロゼロ物件など悪徳不動産業者が横行する。
転居の弊害を指摘する。「一般に高齢になってからの転居は「精神的卒中」といってよいほど深刻な事態を招きがちで、避けるにこしたことはない。」110ページ。古くから居住している東京都品川区の東急大井町線高架下住民を追い出す東急電鉄は非道である(林田力『二子玉川ライズ反対運動2』)。
転居の弊害に対する日本人の意識が低い点も住まいが市場原理に委ねられていることが背景である。「日本の不動産業者や仲介業者は買い替え、引っ越しで食っているのだから警告するはずはない。」113ページ。メジャー英国首相は「ホームレスは目障り。観光客や買い物客を繁華街から遠ざける」と発言して世論の猛反発を浴びた。しかし、日本ではホームレス排除が社会の無関心の上に強行されている。
「わが国には、市民の生命や環境の破壊、住民の追い出しなど反社会的行動を恥じない企業が多すぎる」192ページ。東急リバブル東急不動産東急電鉄は典型である。
「住宅問題はたいてい、個人の問題として個別にあらわれる。」197ページ。それ故に『東急不動産だまし売り裁判』という形で公刊されることに意義がある。
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Posted by 林田力 at 18:01Comments(0)

2012年07月26日

二子玉川ライズ反対運動と居住福祉v林田力Wiki 記者

二子玉川ライズは時代錯誤である。街づくりの先進地域である西ヨーロッパでは都市再開発が中止されている。再開発の弊害が大きいためである。再開発はコミュニティを破壊する。そのために「既存住宅の修復事業が住宅政策、都市政策の中心になっている。」『居住福祉』114ページ。
開発優先区政からの転換を訴える「新しいせたがやをめざす会」でも、リフォーム助成の拡充が提言された。新しいせたがやをめざす会での提言は住宅政策を念頭に置いたものではないが、住宅政策からも支持できる。
また、「再開発にともないがちな高層住宅は高齢者や子どもを孤立させることが明らかになるにつれ、高層住宅の建設を中止する国がふえた。既存の高層住宅はこわして三〜六階建て(むろんエレベーターはある)に建て替える。イギリス、フランスなどの都市を訪れると、どこでも高層住宅を次々と爆破して中低層住宅に変えているのに目を見張る。」『居住福祉』114ページ以下。アメリカでは容積率を減らすダウンゾーニングをしている。二子玉川ライズも減築が将来的な目標になる。
再開発などで「小売り商店をなくすことは、まちを壊し、住みにくくすることである。」126ページ。
「日本ほど周辺環境と関係なく建物を建てられる国は他の先進国には見当たらない。」142ページ。二子玉川ライズは国際感覚から逸脱する。
「住民の希望や意見に基づくまちづくりを実現することが、市民のための再開発であり自治体の果たすべき役割である。」157ページ。
「市民主体のまちづくりは人権を守る大切な要素」163ページ。
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Posted by 林田力 at 17:38Comments(0)

2012年07月26日

居住福祉v林田力Wiki 記者レビュー

早川和男『居住福祉』は福祉の観点から住まいを考える新書である。住まいの貧困が日本社会の人心の荒廃の一因であるとし、居住福祉社会を新しい時代の文化として作り上げていくことを訴える。15ページ。
北欧では「福祉は住居にはじまり住居におわる」と言われるが、日本の住まいに対する意識は低いと「はしがき」で著者は指摘する。著者の嘆きは正しい。住まいは人権という意識の低さがゼロゼロ物件のような貧困ビジネスを横行させた。
「町なかの民間借家などに住む住民が、行政の再開発事業とそれにからむ暴力的地上げなどで追い立てられる事態が再びぶり返し、人々を居住不安に陥れている。」8ページ。これは東京都世田谷区の二子玉川RIZEや品川区の東急大井町線高架下に該当する(林田力『二子玉川ライズ反対運動2』)。二子玉川では駅前の中小地権者は追い出され、東急電鉄・東急不動産の商業施設・二子玉川RIZEショッピングセンターやオフィスビル・二子玉川RIZEオフィスになってしまった。東急大井町線高架下住民は東急電鉄から一方的な立ち退き要求を受けている。
住居で日照が重要であることを明らかにする。阪神大震災で「隣の家が壊れて空き地になって、自分のアパートに日があたるようになった。今までは日があたらず、湿気も多かった。」という住民は「かぜひかなくなった。咳一つでない。」と語る。38ページ。
別の箇所では「日照・通風・採光の不良は室内を不衛生にし、呼吸系疾患や骨粗鬆症やくる病などの原因となるだけでなく、健康回復への意欲を失わせる。通風の悪さによる夏の暑さは食欲不振などから体力の衰弱をもたらしている。」66ページ。
これは東急不動産だまし売り裁判でも共通する。東急リバブル東急不動産は隣地建て替えという不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした。隣地建て替えにより、日照・眺望がなくなり、通風も悪化した。消費者契約法によって売買契約を取り消し、売買代金を取り戻した(林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』)。東急不動産だまし売りマンションから出ていったことで、以前よりも健康になった。公園の問題も指摘する。大規模公園を防災公園とする傾向がある。しかし、本書は以下のように批判する。「大規模な公園は、たどり着くまでの距離が遠い、日常的に役立たない、などの欠陥をもっている。日常、市民の居住や生活環境に無関心で、ことさらに防災公園をいうのはまやかしである。」41ページ。
反対に「長田区内の小さな公園で火が止まった」と住宅地内の小規模公園を評価する。40ページ。二子玉川東地区再開発でも駅前から離れた場所に巨大な防災公園が作られるが、住民のためになっていない。
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2012年07月25日

北本いじめ自殺裁判が控訴

北本いじめ自殺裁判の原告が東京地裁民事第31部判決を不服として控訴した。自殺した中学一年生の両親が損害賠償を求めて提訴した訴訟である。
同級生から「きもい」などの悪口を言われ、靴を隠され、「便器に顔をつけろ」と言われたなどの事実があった。しかし、東京地裁判決は「一方的継続的ではない」として、いじめを自殺の原因と認めなかった。
この判決に対しては市民感覚から外れていると大きな批判が起きている。法律論以前に日本語の使い方に疑問がある。被害者が悪口を言われる一方ならば、一方的ないじめである。いじめは小学生の頃から行われており、十分に継続的である。
東京地裁の審理では判決直前の裁判長の交代にも疑問が提示されている。交代したばかりの裁判長が準備書面や証拠を全て理解した上で判決を書いたかという疑問である。実際、意見書を出した専門家から「裁判官がきちんと読んだのか」という声が出たと報道された。控訴審では一審の進め方の問題点も議論されると予想される。控訴審の展開に注目したい。
「スポーツを除いた中で、フェアを最も強く求められるのは裁判であろう。国家・社会の正義とか公正の最後のよりどころが裁判であり、ここが崩れてしまうと世の歯止めがきかなくなる。」(但木敬一「山河有情」産経新聞7月25日)。学校から提出された報告書が黒塗りだらけであるのに、学校に有利に判断することはフェアではない。
  

Posted by 林田力 at 22:27Comments(0)

2012年07月25日

放射脳とカルトv林田力Wiki 記者

なんでもかんでも放射能のせいにし、放射能の危険性デマを撒き散らす放射脳はカルトであると指摘される。放射脳とカルトの共通性は盲信という点に負っているが、もう一つの共通点もある。それは悪徳商法である。カルトの多くは霊感商法など金儲けと結び付いている。これは放射脳も同じである。
放射脳は放射能危険デマで不安を煽り、安物のガイガーカウンターを売り付ける。安物のガイガーカウンターでは正確な測定ができないと国民生活センターが注意喚起している。
より悪質な事例もある。貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者が福島県民などの不安を煽って自主避難を勧め、劣悪なゼロゼロ物件に住まわせようとしている。もともとゼロゼロ物件業者は非正規労働者などをカモにしていたが、社会問題となり、ゼロゼロ物件の悪質性は知れ渡った。宅建業法違反で業務停止処分を受けたゼロゼロ物件業者もいる。そこで東日本大震災をビジネスチャンスとし、自主避難者を新たなカモにしている。林田力
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2012年07月24日

代々木ゼロゼロ物件問題v林田力W iki記者

東京都渋谷区代々木などでゼロゼロ物件の問題を調査した。代々木のゼロゼロ物件業者は内見をさせないなどと市民団体から批判された。重要事項説明義務違反や賃貸借契約書に記載なく退室立ち会い費なる趣旨の不明確な金銭を徴収したとして宅建業法違反で業務停止処分を受けた。
この代々木のゼロゼロ物件業者はマンションの13階の一室にある。かなり入りづらい部屋と指摘されているが、その通りであった。マンションは内廊下の形式で外が見えず、閉じ込められた感覚になる。竣工当初はホテルライクな内廊下として高級感を売りにしたと予想されるが、薄暗くて汚れが目立つ内廊下では幽霊屋敷である。
普通の不動産業者は一階に入居する。壁をガラス張りにしており、物件情報を多数掲載している。それによって、どのような物件を扱う業者かを確認した上で入店できる。ところが、代々木のゼロゼロ物件業者には、それがない。入店したくない不動産業者である。
このゼロゼロ物件業者の問題は名前を変えていることである。宅建業法違反で業務停止処分を受けた当時とは別の名前になっている。不動産業者の行政処分歴は不動産業者選びの重要な要素である。業者名を変えることは消費者を欺く商法である。
もう一つの問題は不動産ポータルサイトに物件広告を出していることである。不動産ポータルサイトは多数の不動産業者の物件を好みの条件で検索できるために便利である。一方で優良業者の物件も悪質業者の物件も同じように表示されてしまう点が難点である。マンションの中の入りづらい一室の不動産業者に好んで問い合わせする消費者は多くない。しかし、不動産ポータルサイトの検索結果で表示されたならば不動産業者の実像は見えず、問い合わせへのハードルが下がる。その結果、貧困ビジネスに巻き込まれる消費者も出てくる。
代々木を北上すると新宿区に入る。新宿の北は新大久保である。コリアンタウン化しており、魅力的な店が並ぶ。ここにも別のゼロゼロ物件業者によるゼロゼロ物件がある。このゼロゼロ物件業者も社会の批判を集め、名前を変えて営業する点が共通する。ゼロゼロ物件は姑息である。
ゼロゼロ物件はカラフルであった。代々木のゼロゼロ物件業者の物件は水漏れなどの欠陥が指摘され、「貸し物件ではなく、瑕疵物件」と揶揄される。それに比べると新大久保のゼロゼロ物件は洗練されている。
また、代々木のゼロゼロ物件業者は事務所は都心にありながら、扱う物件は多摩や埼玉、神奈川ばかりである。東京の土地勘のない上京者相手の商売とも批判されている。それに比べれは新大久保のゼロゼロ物件は利便性はある。
一方で外観が洗練されているとの評価は物件単独で見た場合である。街並みとして見るならばケバケバしくて周囲の景観から浮いている。景観破壊のゼロゼロ物件である。賃借人を食い物にする貧困ビジネスを批判する住まいの貧困と闘う運動と街づくりを考えるマンション建設反対運動はゼロゼロ物件撲滅で共闘できる。林田力
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2012年07月23日

この声が届く先v林田力Wiki 記者レビュー

『この声が届く先』は私立探偵を主人公としたシリーズ物の一作である。冒頭から主人公ビル・スミスはピンチに陥る。相棒のリディア・チンを誘拐したと電話で告げられた。犯人が自分に恨みを抱いていることは分かるが、逆恨みされる可能性は複数存在し、犯人の正体を特定できない。これは林田力にも思い当たる。林田力もインターネットで誹謗中傷を受けたが、最初は犯人を見極められなかった。最終的に犯人は宅建業法違反を告発したゼロゼロ物件業者であると判明し、ゼロゼロ物件業者の批判を続けることでゼロゼロ物件業者は廃業した。主人公が犯人の正体に気付いた際に「どうして、いままでわからなかったのだろう。思い当たらなかったのが不思議なくらいだ」と振り返る。136頁。これも林田力も同じであった。
中国系アメリカ人が重要な役回りをする。多民族国家アメリカの実情を反映している。主人公らはGoogleマップやストリートビューを使用して手がかりを得ようとする。30頁。現代的な事情が反映されている。日本の土地共有持分等確認の裁判でも、ストリートビューで取得した被告宅の写真が証拠として提出された。
犯人は十分に嫌悪感を抱かせる人物である。犯人と関係した登場人物は犯人に殺意を覚えるが、それが十分に納得できる描かれ方である。犯人の身勝手さを示す口癖に「相手に合わせたって損はない」というものがある。犯人が身勝手な暴言を吐く。その暴言を向けられた人物は当然のことながら腹を立て、態度を硬化させる。それに対して犯人は上記の口癖を出す。自分に合わせろという身勝手なエゴイズムである。
犯人ほどの人格異常者は現実社会では稀である。逆に大勢いたら大変である。しかし、犯人的な要素は日常でも接することはある。たとえば相手を不快にさせるような乱暴な発言をしておきながら、「興奮して言葉が乱暴になっていますが」とフォローしたつもりになっている輩である。自分の興奮状態を汲み取って、表面的な言葉遣いから態度を硬化させるなという身勝手な要求である。現実離れした異常者を描きながらもリアリティーを失わない背景は、その片鱗を現実の不快な人物に重ね合わせることができる点にある。林田力
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2012年07月22日

『講義 民事訴訟法』v 林田力 wiki記者レビュー

吉村徳重、谷口安平、竹下守夫『講義 民事訴訟法』(青林書院、2001年)は大学における民事訴訟法の講義用の標準的教科書と位置付けられている。教科書としての位置付けであるために一般的な考え方の紹介が中心になるが、訴訟上の和解について興味深い記述があった。

和解の勧試の進め方を以下のように記載する。「交互面接方式ではなく、両当事者対席のもとで行われるべきである。当事者に相互の陳述内容と和解案についての情報と理解を共有させ、裁判所の片面的心証形成防止をはかり、手続保障の理念をいかすためである。」(307頁)

実務では交互面接方式が主流になっている中で貴重な指摘である。東急不動産だまし売り裁判でも最終的に東急不動産の拒否で決裂した和解協議は交互面接方式であった(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』「予定調和の協議決裂」)。

交互面接方式でも話し合いの前提が明確で、方向性が共有できていれば問題ない。東急不動産だまし売り裁判の和解協議が早期に決裂し、無意味な和解期日を費やさずに済んだ理由も、前提に合意できないことを両当事者が共有していたことが一因である。

しかし、一般的に交互面接方式の和解協議は評判が悪い。それは正に「手続保障の理念」がいかされていないためである。表向き「和解で終わらせた方が互いにとってプラスになる」と言っても、判決を書きたくないという自らの怠惰から和解が勧められることもある。そのために何が何でも権利主張を諦めさせるような当事者無視の和解手続きも皆無ではない(林田力『二子玉川ライズ反対運動2』93頁)。

密室の書記官室で裁判官が「この裁判は負けですから、和解に応じなさい」という類の和解の脅迫や強要の話もある。医療過誤訴訟の被害者が裁判官から和解を強要されて焼身自殺した事件もある。まさか裁判官が「終わりよければ全てよし」というナイーブな考えは抱いていないと思うが、和解協議では適正手続きが軽視されがちである。それは当事者にとっては大きな不満の種になる。

和解協議についても「手続保障の理念」を持ち出す『講義 民事訴訟法』は慧眼である。和解協議は両当事者対席のもとで公正に進めるべきである。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/649
林田力 東急不動産だまし売り裁判
http://hayariki.bravesites.com/
林田力 東急不動産だまし売り裁判
http://matome.naver.jp/odai/2134244787536307301
  

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2012年07月22日

報道弾圧v林田力Wiki 記者レビュー

吉竹幸則『報道弾圧』は長良川河口堰を丹念に取材した朝日新聞元記者のノンフィクションである。著者は建設省が長良川河口堰の必要性として喧伝する洪水の危険性が嘘であることを暴く。不等流計算を行った結果、計画高水量の出水でも大半の地点で計画高水位を下回り、僅かに上回るところでも最大23センチメートルのオーバーで、河口堰を作る必要はないとする。しかし、紙面への掲載は認められなかった。著者は粘り強く掲載を求めるが、1993年にようやく掲載されたが、続報は出なかった。著者は記者を外されて窓際に追いやられるが、コンプライアンス委員会に申し立てるなど闘い続けた。定年退職後に報道実現権侵害、名誉毀損などを理由に朝日新聞社を提訴した。裁判を最高裁まで争った。
日本企業がダメになった理由。労務総務系の連中が内向きの派閥を作る。それが日本企業を悪くした。長良川河口堰のような無駄な公共事業を進めたことが現代の大増税をもたらしている。
東京都世田谷区の二子玉川南地区でも住民から不要と批判される多摩川の堤防建設が強行された。本当に水害が必要であるか、総点検する必要がある。
  

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2012年07月22日

鎌倉殿誕生v 林田力Wiki 記者レビュー

『鎌倉殿誕生』は源頼朝の権威の源泉に迫った書籍である。頼朝が開いた鎌倉幕府は日本の歴史上、画期的な出来事である。手本がない中で先駆者となった頼朝の実像を浮かび上がらせる。
頼朝が鎌倉殿としての私的権威を拠り所にしていたことを明らかにする。源氏の嫡流である頼朝は八幡太郎義家など先祖の権威を利用できる立場にいたが、その過大評価を本書は戒める。むしろ、先祖の業績を自らの権威付けに利用した頼朝の演出力を評価する。
日本史の大きな謎は何故、権力者は天皇家を滅ぼさなかったのか、という点である。平将門の伝統のある東国武士団を率い、反乱軍として出発した頼朝には、その可能性があったと分析する。しかし、王朝の権威を利用する方向に変化し、正統性を付与した。それによって失われたものもあるとまとめている。林田力
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2012年07月21日

都市型集中豪雨v林田力Wiki 記者

三上岳彦『都市型集中豪雨はなぜ起こる?』(技術評論社1998年)は都市型集中豪雨について解説した書籍である。気象庁の雨の強さと降り方の指針も掲載されている。20頁。それによると強い雨は時間雨量20ミリ、激しい雨は30ミリからである。
東京では湾岸沿いの超高層ビルが東京湾からの海風を遮って都内のヒートアイランドを強めている。一方で湾岸地域や荒川沿いの地域は夏季日中は都内の他の地域よりも低温であるという。海や川からの風のためである。70頁。
これを踏まえるならば東京都世田谷区玉川に超高層ビルを建設する二子玉川RIZEは都市環境を悪化させる。多摩川からの風を遮ることになるためである。
熊本県で集中豪雨が起きたばかりであるが、1957年の諫早豪雨でも熊本県は死者行方不明者160人以上を出したという。76頁。九州では北九州市の暴力的なガレキ受け入れ拒否や熊本県宇城市では公共施設の海のピラミッドが脱原発派に私物化されるなど脱原発運動の歪みが見られる。開発がもたらした水害という身近な災害への対応で運動の健全性が量られる。林田力
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2012年07月21日

二子玉川ライズ公共施設入居反対論

二子玉川ライズ二期事業にターミナル図書館などの公共施設を入居させる構想がある。これに管見は反対である。これは個人の意見である。
二子玉川ライズ反対運動は一貫して再開発に公共性がないことを指摘した。二子玉川ライズへの公共施設入居構想は、反対運動からの公共性欠如批判への回答にはならない。確かに反対運動は二子玉川ライズが商業施設や賃貸オフィス、分譲マンションなどの営利事業であることを批判してきた。しかし、再開発ビルに公共施設が入居したとしても、賃貸オフィスの枠組みで世田谷区が借りるならば、賃貸オフィスそのものである。再開発ビルへの公共施設入居は失敗再開発の税金による尻拭いの典型である。二子玉川の環境を守る会のニュースでも「有償はとんでもない」との意見を紹介する。
無償で借りるとしても、超高層マンションの提供公園のように全体の中の一部であり、事業全体としての営利性を否定するものにはならない。反対に公共施設が二子玉川ライズ二期事業のセールスポイントになるような重みを持つならば、世田谷区が特定事業者の開発案件に過度に肩入れすることになり、不公正である。
賃貸オフィスは供給過剰である。空室になるよりは無償でも公共施設に入居してもらえば東急にとってメリットである。公共施設があることで人が集まれば商業施設に金が落ちる。二子玉川ライズはバスターミナルを駅前から離して商業施設を通り抜けなければ行けないようにするという姑息な手段まで採用して商業施設に人を集めようとしている。既に二子玉川ライズでは平日の日中は閑散としているとの近隣住民の指摘がある。
二子玉川ライズ二期ビルの性格からも公共施設入居は反対である。二子玉川ライズは再開発地域の8割以上を東急が占めている。これ権利関係が細分化した地域で多数の地権者が集まって組合を結成するという再開発法の想定した前提と異なる。
二子玉川ライズ二期事業は一期事業以上に東急グループの割合が高い。しかも、ホテルが東急ホテルズというようにシネコンもスポーツジムも東急グループで占められている。このような東急のビルに公共施設を入居させることは行政の中立性を損なう。
二子玉川ライズへの補助金投入は東急グループの開発事業への税金を使った支援と批判されている。二子玉川ライズへの公共施設入居は、それ以上の問題である。何故ならば補助金は市街地再開発事業に交付されるもので、殊更東急を優遇するものではないとの形式論が成り立つ(当然のことながら、住民は実態に即して二子玉川ライズへの補助金投入を批判する)。これに対して公共施設の入居は全ての市街地再開発事業に適用されるものではない。二子玉川ライズに対する特別扱いになる。
世田谷区の財政状況で公共施設を新設することの是非も問われる。世田谷区は財政が危機的状況であると主張している。財政危機という事実認識に対しては有力な批判がされているが、世田谷区は財政危機との前提に基づいて住民サービスを低下させようとしている。その中で二子玉川ライズに公共施設を新設することは矛盾である。世田谷区政において二子玉川ライズが聖域となっているとの批判を強化させる。
ターミナル図書館自体の必要性も疑問である。書籍の検索や予約はインターネット上でも可能であり、施設を作る必要性は乏しい。これもハコモノ行政の発想である。
インターネットを利用しない層への配慮は必要であるが、端末のみのターミナル図書館がインターネットを利用しない層に利便性があるとは言えない。移動図書館の方が読書文化の普及になる。
世田谷区玉川にターミナル図書館や集会場が求められるとしても二子玉川ライズ二期ビルの立地が最適化という問題がある。二子玉川ライズ二期ビルは再開発地域の中央に位置し、一期事業の高層ビル(二子玉川ライズオフィスや二子玉川ライズタワーレジデンス)に囲まれている。周辺住民にとって行きやすい場所ではない。
もともと二子玉川ライズは人工地盤など周辺地域との調和ではなく、周辺地域を拒絶するデザインになっている。しかも高層ビルによるビル風やビルの日陰、照り返しという問題を抱えており、二子玉川ライズ二期ビルまで行くことは住民にとって苦行である。このような場所に公共施設を立地させるべきではない。
玉川に公共施設が少なく、公共施設を求める声があることは事実である。しかし、だから二子玉川ライズに入居させるとの結論は短絡的である。世田谷区には公共施設の入居先として適切な場所がある。空き家である。増え続ける空き家の活用は世田谷区の重要課題である。玉川住民の求める公共施設を玉川の空き家に入居させれば、空き家活用と一石二鳥になる。地域内の空き家に立地すれば住民にとって行きやすい。空き家が活用されるために防犯などのコミュニティーの不安も解消する。
元々は個人の住居であった空き家では大規模な施設は期待できない。しかし、大型の施設よりも地域のニーズに合った小規模な施設を各地に配置することが望まれる。それこそが大型開発からの転換である。
二子玉川ライズへの公共施設の入居は賃貸借ならば当然のこと、無償の使用貸借であったとしても備品購入や維持管理の費用が必要である。出費するならば空き家の借り上げに使用した方が地域コミュニティーに貢献する。
元々、予定がなかった公共施設が二子玉川ライズ二期ビルに入居するということは、その分だけ民間のオフィス需要がなかったということを意味する。それならば公共施設が占めるフロア分を減少させて建築すべきである。二子玉川ライズ問題のシンポジウムでは減築というキーワードが登場している。二子玉川ライズ反対運動は二子玉川ライズが竣工すれば終わりではない。林田力
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