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2015年12月07日

女性画家と戦争

最初に強調しておきたいことは、本書が反戦平和の側に立つことである。その上で感じたことは、本書で紹介する戦時中の女性画家の作品が戦意高揚のプロパガンダの一環として描かれたものであっても女性画家の自己実現の産物として肯定的に評価できるということである。総力戦に入り、女性が銃後の社会を主体的に担わなければならなくなった状況が女性の存在感を高めることになった。このこと自体は珍しいことではない。第一次世界大戦後にヨーロッパ各国で女性参政権が実現したが、総力戦の中で女性が社会を支えたことが背景にある。
抑圧されていた女性が戦争という異常状態によって自己実現の機会を得られたという皮肉な現実も直視しなければならない。現代でも貧困と格差に苦しむ若年層ワーキングプアから「希望は戦争」との声がある。
戦時体制こそ女性の自己実現を可能にした背景には、当時の反体制運動が男性優位であったという面もある。これも現代日本の市民運動が省みなければならないところである。左翼はネット右翼に対してワーキングプアの若者という偏見があるが、実は主婦層にも少なくない。左翼よりも右翼の方が女性の解放に近いように映るという実態がある。
これまでの戦後レジーム的な歴史観では無謀な戦いを挑んだ狂った軍部という視点が強かった。司馬遼太郎の歴史認識が典型である。これは五五年体制下の穏健保守から革新まで幅広い共通認識となっていた。逆に最近は、この「常識」が通用しなくなっていることが左翼の焦りになっているようである。しかし、無謀で狂った軍部という見方も一つの視点に過ぎず、それを唯一絶対の真実とするような押し付けへの反発が右傾化の原因になっている。空母同士の戦闘は後にも先にも日米だけである。戦史研究的に日本の善戦を論じることも不可能ではない。社会学においても戦争協力=不合理な悪という見方は視点の一つであり、それを唯一絶対のものと見るならば学問の自由が損なわれる。


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