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2018年06月29日

歯はみがいてはいけない

森昭『歯はみがいてはいけない』(講談社、2016年)は歯科医師による歯の健康の書籍である。食後の歯磨きや歯磨き粉など既存の常識を否定する大胆な書籍である。世界的には歯磨きは起床前と就寝前に行うものとする。歯磨き粉の普及は歯磨き粉メーカーの営業政策によるものに過ぎない。歯磨き粉で口の中が磨かれたような感覚になるが、それは実際に磨かれたかとは別問題とする。
本書の素晴らしいところは歯科衛生士の役割を高く評価していることである。歯科医が別の職種の歯科衛生士を評価することは中々できることではない。下に見る歯科医が多いだろう。同質性の高い日本は相違を相違として受け止めず、上下関係でしか見られない人間が多い。役割が違うだけということが理解できない。
  

Posted by 林田力 at 18:08Comments(0)

2018年06月28日

貧乏神が

『貧乏神が』は貧乏神と貧乏神に憑かれた女子高生の攻防を描くドタバタコメディ漫画である。タイトルは貧乏神の仕打ちに怒った女子高生の「この貧乏神が」という叫び声である。第1巻はドタバタコメディの名に恥じない抱腹絶倒の展開である。一方で巻が進むにつれて女子高生の人間的成長をサポートするという道徳的要素が強まっていく。それを物語の成熟とみるか、面白さの減少とみるかは評価が分かれるだろう。貧乏神が何を考えているか分からないから面白い。実は相手のことを真剣に考えていたとなると無理やり感動話にしようとしている感も出てしまう。
とはいえ、現実世界には自己の責任逃れが第一で、相手に負担を押し付け、目の前の問題の解決しか考えない無能公務員的な存在が横行しており、多くの人が無能公務員に虐げられている。その種の無能公務員はコミュニケーションの輪の中に入れることすら嫌悪するのが人情である。相手のことを考える存在でなければ、やり取りする資格すらないと言える。
  

Posted by 林田力 at 17:34Comments(0)

2018年06月27日

だだら団兵衛

山本周五郎「だだら団兵衛」は武士が主君の命で移動中に山賊に襲われる展開が「山だち問答」と共通する。主人公の山賊への態度も同じである。「山だち問答」は孤立を怖れない侍のストイックな生き方が前面に出る。明治の立身出世主義や戦後昭和の右肩上がりの経済成長のアンチテーゼとなる思想である。これに対して「だだら団兵衛」は娯楽小説に仕上がっている。それでも立身出世を求めない点で著者の精神が込められている。
義賊とされる鼠小僧治郎吉を捕らえる側から描いた作品もある。盗んだ金の大半は自己の遊興に使い、一部を貧者にばらまくことで義賊と持て囃される欺瞞を指摘する。
  

Posted by 林田力 at 08:53Comments(0)

2018年06月23日

相続裁判の競売

共有物の分割で意見を一致しない場合は、共有物を競売して売却金を共有者で分割する方法が考えられる。これは相続財産の分割で普通に採られている方法である。それは不公正な分割がなされるよりも、相続人全員にとって平等であり、公正な分割になる。原告らは被告に代償分割を押し付けていますが、本気で代償分割が被告にとっても不公平にならないと思っているならば双方が代償分割になる競売こそが公平な分割になる。原告は被告に代償分割を押し付けており、被告にとっては変わらない。原告と被告が共に代償分割になる競売は公正である。原告は、代償分割が被告にとって不公正にならないと主張するならば、競売を受け入れなければならない。現物分割を主張する被告が競売を嫌うことは筋が通るが、原告らが競売を嫌うことは筋が通らない。
裁判所の競売では低い価格で落札される可能性はあるが、それは裁判という方法を選択した原告が当然甘受しなければならないリスクである。それを避けるために被告に我慢を押し付けることは正当化できない。

マンション投資の迷惑勧誘電話の説明には軽率とデタラメしか感じられませんでした。
  

Posted by 林田力 at 12:41Comments(0)

2018年06月22日

やぶからし

山本周五郎『やぶからし』は江戸時代を中心とした時代小説の短編集である。他の短編集では町人や遊女の物語があるが、本書は武家の物語で構成されている。但し、最後の短編「ばちあたり」は現代が舞台である。
「やぶからし」は「女心のひだの裏側をえぐった」と紹介される。しかし、本書の多くの短編は武士の精神を描いたものである。世間的な優等生ではないが、人物を描いている。人情物よりも侍物が好きな読者に向いている。
「やぶからし」は、やぶからしのように役に立たない人間と自嘲している。あすなろになぞらえた「あすなろう」と類似する。
  

Posted by 林田力 at 20:39Comments(0)

2018年06月19日

失敗の本質

十五年戦争の日本軍の失敗を分析した書籍である。ノモンハン事件やミッドウェー海戦、インパール作戦などを取り上げる。本書の優れた点は個々の戦場の分析に特化していることである。このために、そもそも巨大な米国と戦うことが無理であったという逃げに走らずに済む。たとえ米国に勝つことが無理ゲーであったとしても、個々の戦場で日本軍は明らかに無駄な戦い、稚拙な戦いを展開して兵力を消耗した。その失敗に学ぶことは教訓になる。むしろ戦争目的が正しいか否かという大きな議論以上に日常生活における決断の局面では役に立つだろう。
本書を読んで感じたことは、日本軍の失敗が現代の公務員的な無能と重なることである。現代の日本は戦前の反省を活かせていない。
  

Posted by 林田力 at 08:05Comments(0)

2018年06月18日

1型糖尿病をご存知ですか

宮川高一『1型糖尿病をご存知ですか』は1型糖尿病を紹介した書籍である。糖尿病には1型と2型がある。糖分の摂り過ぎなどでなるのは後者である。
1型はウイルス感染などを契機として自己の免疫システムが自己のインスリン分泌細胞を攻撃し、破壊することにより起きる病気である。本人の生活習慣や肥満とは無関係である(16頁)。本書はインスリンを摂取すれば非糖尿病患者と変わらずに生活できるため、1型は一つの個性と主張する。しかし、この点が知られておらず、1型糖尿病患者は社会の偏見などに苦しんでいる。私も本書で1型糖尿病を知った。
本書の特徴は医者の書籍であるが、患者や家族のブログ記事や手記を収録していることである。それによって医者だけの書籍では感じにくい患者や家族の思いを知ることができる。
  

Posted by 林田力 at 17:47Comments(0)

2018年06月17日

さいたま市桜区

山本周五郎『樅ノ木は残った』下巻。黒幕的に描かれた伊達兵部であったが、下巻では冒頭から底の浅さを露呈する。脇役の人情物は下巻に入って実を結ぶ。
自分は他人とは異なるという意識は、自我の確立を目指した純文学のテーマである。純文学は私という殻にこもって面白くないと批判されがちであるが、そのように批判する自称社会派達こそ集団主義的でメジャーな政治的争点を取り上げても、個人の抱える個別的問題に応えられないことが往々にしてある。私へのこだわりは現代の漫画やアニメ、ラノベにも引き継がれている。

林田力『さいたま市桜区』(アマゾンKindle)は、さいたま市桜区を中心に、さいたま市の地域情報をまとめた。
Saitama City Sakura Ward is a ward of Saitama City. Saitama City is the capital and the most populous city of Saitama Prefecture, Japan. Its area incorporates the former cities of Urawa, Omiya, Yono and Iwatsuki. Saitama City has ten Wards.
【書名】さいたま市桜区/サイタマシサクラク/Saitama City Sakura Ward
【著者】林田力/ハヤシダリキ/Hayashida Riki
【出版社】江東住まい研究所/コウトウスマイケンキュウジョ/Koto House Laboratory

さいたま市桜区の長閑さを大切に
さいたま市桜区
さいたま市
鴨川堤桜通り公園
さいたま市桜環境センター
しびらきマーケット
田島の獅子舞
田島氷川社
からやま町谷店の極ダレ
道とん堀さいたま道場店
魚悦浦和大久保店どッキン市
浦和卸売市場
浦和うなこちゃん
別所沼公園
与野公園ばらまつり
武蔵野線大宮支線
首都圏対流拠点シンポジウム
六間道路
さいたま市桜区の渋滞交差点
浦和ナンバー
さいたま市桜区の水道
『地下水は語る 見えない資源の危機』
マンモス小学校
さいたま市議会議員選挙
埼玉県の最低賃金
『埼玉 地名の由来を歩く』
埼玉県警巡査が乳児揺さぶりで死なせる
さいたま市桜区道場でネズミ捕り
中野相続裁判さいたま地裁
さいたま地裁に移送
第1回口頭弁論
中野相続裁判さいたま地裁6月22日傍聴・取材のお願い
自己紹介
趣味
どんな子どもだったか
自分の考え方に影響を与えた出来事
起きて半畳寝て一畳
明日の約束
秋ヶ瀬公園スポーツアカデミーパーク構想
情報公開さいたま
さいたま市をエストニアのような電子政府に
これはおかしい、不思議でならないもの
  

Posted by 林田力 at 15:26Comments(0)

2018年06月15日

樅ノ木は残った中巻

山本周五郎『樅ノ木は残った』中巻。原田甲斐は敵を欺くには味方からを実践している。この原田甲斐の姿勢では味方を失っても仕方がない。甲斐としては自分が犠牲になればよいと覚悟し、多くの人を巻き込みたくないのかもしれない。柿崎のような胡散臭い人物には容易に腹の内を空かさないことは当然である。一方で昔ながらの人物も膝詰めで談判し、自分には腹の内を明かしてくれるだろうという内々の特権意識が感じられる。甲斐には現代的なリーダーの資質であるビジョンの共有や透明性に欠けていると感じたが、周囲もどっちもどっちである。
甲斐と伊達兵部の対決であるが、甲斐の動きは見えにくく、対決そのものではない日常描写もあるため、兵部のターンの方が読み応えがある。さらに甲斐とも兵部とも異なる立場の脇役のターンもあり、これが人情物の要素が色濃い。物語の展開を早く読みたい向きには異論があるだろう。
  

Posted by 林田力 at 18:26Comments(0)

2018年06月15日

中野相続裁判さいたま地裁

日本海賊TVで中野相続裁判さいたま地裁を取り上げた。中野相続裁判さいたま地裁第2回口頭弁論が6月22日に埼玉県さいたま市浦和区のさいたま地方裁判所で開かれる。
中野相続裁判は東京都中野区に住んでいた被相続人の相続紛争である。紛争の過程で被相続人の長男が無断で経管栄養の流入速度を速めたり、治療を拒否したりしたことが明らかになった。高齢者虐待につながる社会的意義のある裁判である。
遺留分はありませんは弁護士としてありえない。相手の無知につけこむ理屈である。まともな弁護士ならば依頼人の無理筋の主張を説得するものではないか。
経管栄養の流入速度を速めたことは問題である。相続から排除されても不思議ではない。
  

Posted by 林田力 at 07:57Comments(0)

2018年06月12日

ユーキューホルダー

不老不死となった少年を描く少年漫画である。第1巻は丸々導入部である。物語の本筋に入っていない。
未来の日本の物語である。軌道エレベーターがあり、魔法が使える世界である一方、人口が減少し、過疎化が進んでいる。主人公の暮らしている地域は、のどかな田舎である。
主人公は鈍感なほど前向きという典型的な少年漫画の主人公タイプである。読んでいて恥ずかしくなるくらいである。今時の作品ならば、もう少し影があったり、ひねくれていたりする方が自然である。何故ならば前向きに頑張れば何とかなるという発想こそが個人に負担を押し付け、個人を苦しめる傾向になっているからである。それでも複雑な事情を背負ったキャラクターに対しては、主人公の鈍感な前向きさが救いになっている。
  

Posted by 林田力 at 20:05Comments(0)

2018年06月12日

油が原因

脳梗塞などは油が原因と主張する書籍である。ストレートなタイトルである。よく塩分が問題視されるが、塩分が原因ではないとする。冤罪(塩罪)と上手いことを言っている。
本書は油を避けるなど食生活の改善による健康維持を勧める。著者は医者であるが、効果のない薬による治療は否定する。恐ろしい点は植物油、ココナッツオイルなど健康に良いと思われているものも摂取しない方が良いとの指摘である。オーガニックやベジタリアンなど健康志向の人で油をとっている人は少なくなさそうである。
また、本書はパン食、特に菓子パンを問題とする。味のついていない食パンは、それほど問題ではないとする。
  

Posted by 林田力 at 08:05Comments(0)

2018年06月11日

樅ノ木は残った

山本周五郎『樅ノ木は残った』は江戸時代前期の伊達騒動を描いた長編時代小説である。新潮文庫で上中下3巻になっている。
悪役に位置付けられがちな原田甲斐が主人公である。本書の原田甲斐は真っ当な人物として描かれているが、何を考えているか分からないところがある。そのために読者はじれったく感じることがある。
仙台藩の藩祖の伊達政宗は戦国大名として領土を拡大しながら、新時代に適応できた人物である。しかし、政宗個人に適応力があった分、仙台藩の体制は中世的なままと感じた。家臣が各々領地を持っている。
  

Posted by 林田力 at 18:23Comments(0)

2018年06月09日

写真撮影

ポスティング。チラシ第一号は印刷済みですので実際に行うだけです。
写真撮影はスキルある人に依頼するとして、コンセプトを決めたいと思います。
何を着るのか。ネクタイをするか。色をどうするか。
表情はどうするか。笑顔にするか、歯を見せるか。
正面から撮影するか、斜めにするか。
ポーズはどうするか。腕組みをするか、人差し指を上に立てるか。
  

Posted by 林田力 at 21:22Comments(0)

2018年06月09日

武蔵野健康ランド

武蔵野健康ランドは埼玉県川口市にありますが、武蔵野線の東浦和駅が最寄りです。南浦和駅からもバスが出ています。24時間営業です。
電気風呂のビリビリは弱めです。強いビリビリが苦手な人も大丈夫です。
入館すると下足箱に靴を入れて鍵をかけ、鍵を持って受け付けに行きます。手前の下足箱は理容室専用であり、奥の下足箱に入れます。受付に下足箱の鍵を渡し、ロッカーの鍵を受け取ります。この下足箱の鍵の番号とロッカーの鍵の番号は同一です。このため、複数人で入館し、一人がまとめて受付し、バラバラに帰ると靴が違うということになりかねません。
  

Posted by 林田力 at 17:10Comments(0)

2018年06月07日

田園回帰

雑誌『地理』は田園回帰を特集する。田園回帰と言えば効率優先や文明批判のようなイデオロギー的な文脈で使われることが多い。しかし、本書の論文は、その種のイデオロギーから距離を置いて分析している。若者には地方居住志向があるが、それは情報通信技術の発達で都会と田舎の生活格差が減少したことが一因とする。
顕著なものは反都市化の論文である。欧米でも田園回帰相当の現象が起きており、反都市化と呼ばれる。この反都市化も文明批判のイデオロギーに使われそうな言葉であるが、都市の人口が増え、住みにくくなったために地方へ移住するという市場原理的に説明される。
田園回帰が市場原理的な平準化ならば、その阻害要因は農村の閉鎖性である。住宅や雇用をオープンに得られるようにすることが解決策になる。イデオロギー的な農村回帰論では農村の濃厚な人間関係を美化する傾向があるが、それは逆効果になりかねない。
  

Posted by 林田力 at 20:04Comments(0)

2018年06月04日

風よ、空へ

『風よ、空へ』は傾きかけている大企業のエンジニアが風力発電に取り組む話である。冒頭は退職強要面接から始まる。主人公は早期退職を求められる。同期の多くは既に早期退職した。何ともやりきれない話であるが、主人公より下の就職氷河期世代(ロスジェネ世代)からすると同情一辺倒にはならない。氷河期世代の方がもっと大変という感覚である。
また、本書には80年代のメードインジャパンが世界を席巻した頃の日本のものづくりを取り戻したいという思いが感じられる。これも20世紀末のインターネットブーム後に社会に出たロスジェネ世代にはピンと来ない。デジタル化の遅れた日本は当たり前であり、遅れているとの自覚を最初から持っている。

裸足で歩ける場所を作ります。
  

Posted by 林田力 at 23:48Comments(0)

2018年06月03日

白竜7巻

白竜7巻は報道問題の続きである。権力者が破滅するという勧善懲悪のカタルシスは楽しめなかった。代わりに家族の人情話が入った。
次の話は剛野理事長の話である。白竜以上にヤクザ漫画らしい。話の途中で終わっており、続きが気になる。
  

Posted by 林田力 at 17:59Comments(0)

2018年06月02日

ながい坂下巻

東急不動産消費者契約法違反訴訟を通して東急不動産の対応はどんどん悪くなり、腐っていくばかりでした。

『ながい坂』下巻では藩の秘密が明かされる。確かに藩にとって重大な問題であり、時代小説では暗闘が起きておかしくない問題である。ところが、本作品は生きることの目的を問うような深淵なテーマを抱えているため、必死に隠されてきた秘密がつまらないもののように感じられる。
独占が廃止された結果、江戸や大阪などの大商人が買い叩き、地元の業者は資金繰りが困難になったという(131頁)。まるでグローバリゼーションの弊害と語られるような事態である。主人公は改革前の腐れ縁の政治の方が領内を豊かにしていたと語る(139頁)。そのような面もあるだろうが、古いしがらみに叩かれ、苦しめられた側としては、やはり改革を志向したい。そのような立場からは主人公と旧勢力の特権商人が共闘する展開は萎える。特権商人も代替わりし、親世代とは異なる価値観の子どもが登場したことは救いである。
  

Posted by 林田力 at 19:43Comments(0)

2018年06月01日

ながい坂

『ながい坂』は山本周五郎の長編時代小説である。よく「斉家治国平天下」「慈善は家庭から」と言われるが、主人公には通用しない。主人公は家族との関係は駄目だが、社会では有能である。そのようなパターンもあるだろう。あれもこれもを目指さなくても良い。
御用商人は藩から独占権を得て、莫大な利益を上げている。

区長の公募制や住民選挙を研究します。
教育委員会の活動をオープンにします。情報公開を進めます。
木を伐らないで残すことは、鳥獣の田畑や市街地への進出を抑えることになります。
  

Posted by 林田力 at 00:42Comments(0)